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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)427号 判決

原告

宮田十二郎

被告

池田和久

ほか一名

主文

一  被告は、原告に対し、金三二八万二三一六円及び内金一一九八万二三一六円に対する昭和六二年八月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを八分し、その七を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金二八〇二万九三六二円及び内金二五四八万一二三九円に対する昭和六二年八月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1(本件事故の発生)

原告は、昭和六二年八月六日午後二時四三分ころ、大阪府富田林市大字女山六四一番地の二先道路(国道三〇九号線。以下「本件道路」という)上において、普通乗用自動車(以下「原告車」という)を運転して同所所在の交差点手前で停車したところ、その後方から走行してきた被告運転にかかる普通貨物自動車(以下「被告車」という)に追突された。

2(被告の責任)

被告は、本件事故当時、被告車を保有し、これを自己の運行の用に供していたから、自賠法三条によつて原告が被つた損害を賠償すべき責任を負う。

3(損害の填補)

原告は、これまでに、自賠責保険から、金一九万六二三二円の支払を受けた。

二  主たる争点

1  原告が本件事故によつて外傷性頸部症候群及び第六頸椎椎体骨折の各傷害を負つたか否か。

2  原告の損害額の算定。

第三当裁判所の判断

一  原告の本件事故による受傷内容について

1  原告は、本件事故によつて頸部に加わつた強い外力によつて、外傷性頸部症候群及び第六頸椎椎体骨折の各傷害を負つたとして、本件事故と原告の症状との間に因果関係がある旨主張するのに対し、被告は、原告の訴える症状は、すべて加齢による変形性頸椎症に起因するものにすぎず、本件事故の如き軽微な衝撃では原告主張のような傷害はおよそ生じ得ないこと、特に、第六頸椎椎体骨折に関しては、関西労災病院の赤堀脩医師だけがCTスキヤン検査の像を見誤つて右部位に骨折線があるなどと考えているにすぎず、本件事故直後に原告を診察した各医師及び本件鑑定人はいずれも右骨折は認められない旨判断していること、そして、原告は、本件事故後二か月足らずで通院治療を中断しており、その間の生活状況等からすると、昭和六三年五月六日以降に再開した治療は同事故と因果関係がない旨反論している。

2  そこで、検討するに、前記争いのない事実と証拠(甲二ないし一三号証、一六ないし二八号証、乙一ないし七号証、一二及び一三号証の各一・二、検乙七号証、八号証の一・二、証人浦川昇及び同赤堀脩各医師の証言、原田良昭医師による本件鑑定と同人の証言、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、次の各事実が認められる。

(一) 原告(昭和一一年五月三日生)は、本件事故当時、株式会社第一勧業銀行に勤務し、六甲東山荘という保養所で管理人兼調理師として稼働していたが、健康状態は良好であり、重い調理具等を使用して調理の仕事を行つていた。

(二) 原告は、本件事故(昭和六二年八月六日発生)による衝撃のため、運転席において身体が前後に揺れ(シートベルト着用)、右当日、左項部不快感があつたため、本件事故現場近くの金剛外科病院を受診したところ、その診療に当たつた宮口正美医師は、「頸部捻挫」と診断し、投薬やポリネツクカラー装着等の治療を行つたが、レントゲン検査上骨折等の異常所見や運動制限、手の痺れ等を認めず、加齢的な頸椎の変形を認めた。

(三) 原告は、同病院が原告宅から遠隔地にあつたこともあり、同月二〇日、二七日と通院しただけであつたが、その際には、普段は特に痛みがないものの、大型自動二輪車を運転した際、右カーブのときに項部から肩部にかけて痛みの出ることを訴えたにとどまり、宮口医師の紹介に基づき、同年九月一日以降、自宅に近い御影外科に転医し、浦川昇医師のもとで、同年一〇月一日までの間、合計二一日間通院して、投薬や牽引、理学療法を受けた。

(四) 浦川医師は、原告の左頸部の牽引痛、放散痛や左前額部痛等に基づき、「外傷性頸部症候群」と診断するとともに、レントゲン検査上、加齢的な頸椎の変形として、第六・第七頸椎の骨棘、第三―第四、第五―第六及び第六―第七の各椎間板狭小と第六―第七椎間孔狭小等を認めたが、その後の治療によつて、次第に右症状の緩和がみられるようになつた。

(五) 原告は、同年一二月中旬頃以降、再び左頸部痛を訴えるようになり、その後も通院せずに我慢したりしていたものの、昭和六三年三月初旬頃から左頸部痛がひどくなり、同年五月六日以降、御影外科に再度通院するようになつた。

(六) そして、浦川医師は、原告の右主訴に対し、再びレントゲン検査を行つたが、前記とほぼ同様の所見を得たにとどまり、約七か月間の治療中断があることから、とりあえず「頸椎症」と診断した。

原告は、その後平成元年四月二八日頃まで、同病院に頻繁に通院して前記同様の治療を受けたが、右同日、浦川医師によつて左頸部痛のほか、胸部圧迫感、左手中・小指の痺れ(神経根症状)等を残して症状固定との診断を受けた。

(七) その間、浦川医師は、甲南病院に対し原告の頸椎のMRI(磁気共鳴画像診断)を依頼したところ、昭和六三年一一月二日実施の検査では、第三―第四及び第五―第六の各頸椎間の椎間板後方突出、硬膜鞘圧痕、脊髄軽度圧排と第六及び第七椎体変形、第六―第七椎間板変形が認められ、「頸椎症、椎間板ヘルニア」との診断がされた。

(八) 原告は、自賠責保険において後遺障害非該当との判断を受けたため、その再審査請求のため、平成元年八月五日以降、関西労災病院に精査を求めたところ、原告の診療に当たつた赤堀脩医師は、同年九月一一日実施の頸椎のMRIによつて、第六―第七椎間板の変性像及び後方への突出と第六椎体を斜めに横切る高信号像を認め、また、同月二二日実施のCTスキヤン検査によつて、右高信号部位に関し、「椎体骨折と思われる像(黒つぽい部分)があり、一部は骨のう腫様の像であるが、その余は外傷による変化である」と判断した。

(九) ところで、本件鑑定に当たつた原田良昭医師は、前記各病院の診療録や諸検査結果を検討した上で、原告につき、本件事故によつて頸椎周辺の軟部組織に損傷が生じ、外傷性頸部症候群の傷害を負つたものと考えられるが、同事故後の臨床経過からみて第六頸椎椎体に骨折があつたものとは考えられないとし、また、赤堀医師の指摘するMRI上の異常陰影は椎体後上から前下に斜走する線であり、CTスキヤン検査上の異常陰影は左側下縁に限局されているから、同じ病態の像とは考えにくく、これらの異常陰影は第六及び第七頸椎の椎体変性、骨変化ないしのう腫形成とみるのが相当である旨鑑定している。

(一〇) 原告は、現在でも、左頸部痛や胸部圧迫感、左手中・小指の痺れ等の症状を訴えている。

なお、原告は、本件事故後、昭和六三年六月二一日、自動二輪車を運転して交通事故を惹起し、その結果、右上肢・両膝関節部打撲等の傷害を負い、また、平成元年一一月二九日、普通乗用自動車を運転していて交通事故を惹起し、頸椎捻挫の傷害を負つている。

2(一)  以上認定の事実関係を総合して考えると、原告は、本件事故当時(満五一歳)、既に加齢性の変形性頸椎症に罹患してはいたものの、同事故時までの間、これに起因するような格別の症状は全くみられなかつたこと、原告の訴える左頸部痛等の症状は、同事故後に初めて生じたものであり、前記約七か月間に及ぶ通院中断期間中にも、右症状が継続していないわけではなかつたこと、さらに、証拠(前記浦川医師の証言、原田鑑定人の証言と本件鑑定)によると、外傷性頸部症候群ないし頸椎捻挫については、患者によつては症状に波があり、ある程度緩和した時期を経て再び悪化する場合があり得ないではないことが認められ、これらを考え併せると、本件事故後現在まで継続する原告の左頸部痛等の症状は、同事故によつて生じた外傷性頸部症候群に起因するものと認めるのが相当である。

(二)  もつとも、原告の第六頸椎椎体骨折については、前記赤堀医師の診断が存在するものの、一方、前記認定にかかる本件事故当初の金剛外科病院及び御影外科における各レントゲン検査所見、原告の訴える痛みの程度と甲南病院におけるMRI所見、本件鑑定の前記内容、さらに、自動車工学に関する証人林洋の証言等に照らして考えると、右骨折の存在を未だ肯認するには至らないといわざるを得ず、他に右事実を認めるに足りるだけの的確な医学的証拠はない。

したがつて、原告の主張のうち、原告が本件事故によつて第六頸椎椎体骨折を負つたとする部分は理由がない。

(三)  ところで、被告は、本件事故による受傷の有無に関し、乙九号証(前記林作成の自動車工学鑑定書)を提出の上、林証言及び被告本人の供述を援用して、本件事故は軽微な事故であり、これによつて原告車に加わつた衝撃は無傷範囲内のものであるとして、原告が同事故によつて前記外傷性頸部症候群の傷害を負うことはあり得ない旨主張する。

しかしながら、前記認定にかかる原告の本件事故時の身体の動きや同事故前後における症状の対比、原告の診療に当たつた各医師の診断内容と本件鑑定の前記内容等に加え、証拠(甲一五号証、乙一〇号証、検甲一、二号証、検乙一ないし六号証、原告本人の供述)によつて認められる原告車及び被告車双方の破損部位と程度(原告車については、後部バンパー及びトランクの凹損、トランクフロアーパネル及び左サイドメンバーに衝撃波及の損傷が生じた。)、さらに、自動車工学的な判断については、一般的に、衝撃を受ける者の個体差や衝突時の身体的条件、車両及び道路条件等の如何によつてばらつきが生じ得るため、当該衝撃が無傷範囲内のものか否かの判断か困難にならざるを得ないことなどに照らして考えると、前記乙一号証や林証言及び本件事故状況に関する被告本人の供述をもつてしては、未だ前記(一)の認定判断を左右するには足りないといわなければならない。

よつて、被告の右主張は採用できない。

二  損害額の算定

1  治療費(主張額金二二万七八〇四円) 金二一万八八〇四円

(一) 原告が本件事故によつて外傷性頸部症候群の傷害を負い、その治療のため昭和六三年五月六日以降も御影外科に対する通院を要したことは前記一で認定説示したとおりである。

(二) そして、証拠(甲九ないし一三号証)及び弁論の全趣旨によると、原告は、金剛外科病院の治療費として金五万〇七〇〇円、御影外科の治療費(昭和六二年八月六日から平成元年四月二八日まで)として金一六万五一二四円、甲南病院における検査費として金二九八〇円の合計金二一万八八〇四円の支出を要したことが認められる。

したがつて、原告の治療費に関する請求は右の限度で理由がある。

2  通院交通費 金四四万五〇〇〇円

証拠(甲二九号証)及び弁論の全趣旨によると、原告は、金剛外科病院(二日分)及び御影外科(二五〇日分)の各通院について、公共交通機関の使用による交通費として合計金四四万五〇〇〇円の支出を要することが認められる。

なお、証拠(原告本人の供述)によると、原告は、昭和六三年六月二一日発生の別件交通事故以降、御影外科においては同事故による傷害の治療も併せて受けたことが認められるが、本件事故自体による傷害の治療の必要性を肯認できることは前記判示のとおりであるから、右通院治療に要した交通費は本件事故と相当因果関係のある損害といわなければならない。

そして、被告は、別件交通事故について示談が成立している以上、原告の右通院交通費は填補ずみである旨主張するが、本件証拠上、右通院交通費に関しどのような内容の示談が行われたのかを明らかにするに足りる証拠は存在しないから、被告の右主張は採用できない。

3  損害賠償関係費 金六〇〇円

証拠(甲一号証)及び弁論の全趣旨によると、原告は、交通事故証明書取得費用として、金六〇〇円の支出を要したことが認められる。

4  後遺障害による逸失利益(主張額金一八七〇万四〇六七円) 金八六万七三一七円

(一) 原告が外傷性頸部症候群により平成元年四月二八日御影外科において左頸部痛、胸部圧迫感、左手中・小指の痺れ等の後遺障害を残して症状固定との診断を受けたことは前記一で認定したとおりである。

そして、証拠(甲三〇、三一号証、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故による右後遺障害のため、前記調理具の使用等調理師としての仕事について現実的な支障が生じ、同じ職場で稼働する原告の妻や他の従業員の協力で減収になるのを切り抜けていたこと、そして、原告は、平成四年六月三〇日付で第一勧業銀行を退職し、現在は無職であることが認められる。

以上の認定事実に加え、本件鑑定及び証人赤堀医師の証言等を総合して考えると、原告の前記後遺障害は、自賠法施行令後遺障害別等級一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)に該当すると認めるのが相当である。

(二) そして、原告は、前記症状固定時において満五二歳であつたところ、前記後遺障害の部位や程度等からすれば、その後四年間にわたつて労働能力を五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

また、証拠(甲一四号証)によると、昭和六三年における原告の年収額は金四八六万六六九四円であることが認められるから、これを基礎収入として、新ホフマン方式により中間利息を控除して後遺障害による逸失利益の現価額を計算すると、次の算式のとおり、金八六万七三一七円となる(円未満切捨て。以下同じ)。

四八六万六六九四×〇・〇五×三・五六四三=八六万七三一七(円)

5  慰謝料(主張額金六三〇万円) 金二〇〇万円

これまでに認定説示した原告の傷害の部位や程度、通院期間と通院中断を含む治療経過、本件事故の態様等からすると、原告の受傷による通院慰謝料は金一二〇万円か相当であり、また、前記後遺障害の部位や程度、本件事故後の生活状況等諸般の事情を総合すると、後遺障害による慰謝料は金八〇万円が相当である。

6  以上の損害額の小計 合計金三五三万一七二一円

7  原告の身体的素因の寄与

(一) ところで、前記一で認定説示した事実関係によると、原告は、本件事故当時格別の症状の発現がみられなかつたにせよ、原告の診療に当たつた各医師がいずれも指摘するとおり、第六、第七頸椎を中心とする変形性頸椎症に罹患していたものであるから、本件事故による外傷性頸部症候群に基づく症状の悪化ないし長期化に関して、原告の変形性頸椎症が寄与したことは否定できないものといわなければならない。

そして、右のように被害者の罹患していた疾患が損害の発生ないし拡大に寄与した場合には、損害額の算定に当たり、損害の公平な分担の見地から、民法七二二条二項の規定を類推適用してこれを斟酌することができると解すべきである(最高裁判所第一小法廷平成四年六月二五日判決[民集四六巻四号四〇〇頁参照])。

(二) それゆえ、前記認定にかかる原告の頸椎の変形部位や程度等に照らして考えると、原告の変形性頸椎症が身体的素因として前記症状の悪化ないし長期化に寄与した割合はこれを一割と認めるのが相当である。

そこで、原告の前記損害額からその一割を控除すると、金三一七万八五四八円となる。

8  損益相殺

原告が損害の填補として自賠責保険から金一九万六二三二円の支払を受けたことは前記のとおり争いがないから、右損害額からこれを控除すると、原告の損害額は、金二九八万二三一六円となる。

9  弁護士費用(主張額金二五四万八一二三円) 金三〇万円

本件事案の内容、訴訟の審理経過と右認容額等を総合すると、本件事故と相当因果関係があると認めるべき弁護士費用相当額は、金三〇万円が相当である。

三  結論

以上によると、原告の本訴請求は、金三二八万二三一六円及び内金二九八万二三一六円に対する昭和六二年八月六日(本件事故発生日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

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